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『ノマドランド』の感想文

ノマドランド』を観た。

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https://filmarks.com/movies/92087

人生に対する諦観の物語だった。

ファーン(フランシス・マクドーマンド)は、ハウスレスで、ホームレスとは異なる。ハウスは一戸建ての家で、ホームは居場所。「家」は失ったが、「居場所」は在るのだ。では、家の役割とは。私には、生活を分かち合える場所に思える。感情も、記憶も、共に暮らす人たちと分かち合える。良くも悪くも。それが家だ。
しかし、ファーンは分かち合える生き方を拒み、一人分の生き方を選んだ。仲間の死は仲間と弔うが、故人に対する気持ちは、各々で持ち帰る。一人分の感情を、一人で受け入れる。一人分の生活を、一人で賄う。結果的に残った選択肢にも思えるが、望んだとも思える。
肉親の家に招かれても、自身に好意を寄せる人の家に招かれても、彼女は居心地が悪そうだった。雄大な自然の中に身を預けたときの心地よい表情とは違う。岩場のシーンが美しかった。一番好きなシーンだ。

クロエ・ジャオの作品は複雑な気持ちに陥る。前作『ザ・ライダー』も奇妙な作品で、主人公に実際に起こった出来事を本人と家族が演じている。主人公のブレイディに起こった出来事は事実だが、物語上、彼は「映画のキャラクター」なのだ。映画から感じ取れる彼の感情は、本人の感情なのか、フィクションの感情なのか。齟齬とも言えず、言語化が難しかった。
ノマドたちの会話が真に迫るのは、彼らが本物だからだ。手法は『ザ・ライダー』と同じだが、個人的には『ノマドランド』の方が生々しい印象を受ける。過剰にドラマチックな描写が少ない。スワンキーの死は映画的な展開だが、案の定、ここはフィクションらしい。事実は小説よりも奇なり。
(作品内の)現実と空想の狭間を描いた作品に惹かれるのだが、クロエ・ジャオの作品は、事実と虚構が曖昧だ。メタ的とも違う。面白いのだが、上手に言い表せない。素人の本物を引き出すのは、是枝裕和の『ワンダフルライフ』も思い出す。 これも大好きな映画だ。

映画の備忘録(2021年3月)

3月の備忘録です。邦画ばかりだった。
ドキュメンタリーも観たのですが、言語化が難しく、ここに書き残すのは諦めました。ちなみに『トランスジェンダーとハリウッド』と『ビハインド・ザ・カーブ』を鑑賞。どちらも面白かった。

では、以下より。

あのこは貴族(2021)

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https://filmarks.com/movies/91050

今年の邦画は、ベストの候補が続々と。
個別の感想文はこちら

ガンズ・アキンボ(2019)

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https://filmarks.com/movies/86355

ダニエル・ラドクリフが楽しそうなので、それだけでも十分だった。
個人的には、重さが伴うリアルなアクションが好みだが、こちらはカメラがグリグリと動き回る。ゲーム的な感覚のアクション。この作品にはそれがハマる。不謹慎で、無責任。無関心な大衆が眺める感覚もぴったりだった。

式日(2000)

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https://filmarks.com/movies/18067

庵野秀明岩井俊二のハイブリッド。
画面のキマりっぷりは庵野秀明、手持ちカメラの撮影は岩井俊二。繊細で、危うく、内省的な物語は両者の特徴。最初は驚いたが、必然的にも思える。庵野さんの治癒の物語だった。
宇部市の町並みは、庵野さんの原風景なのだろうか。雨中の工業地帯が美しかった。人が映らないのも面白い。現実感が失われる。岩井俊二の演技は下手なのか、朴訥なのか。かっこいいのだが、それも悔しい。藤谷文子もキュートだった。こちらも面倒で、愛おしい。

静かな雨(2020)

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https://filmarks.com/movies/84558

中川龍太郎の作品は、台詞が少なく、映像と音楽で語られる。
ただ、『四月の永い夢』は説明的で、『わたしは光をにぎっている』は詰め込み過ぎだった(監督の意図を汲み取るには、インタビューが必読だった)。お前が読み取れてないのだと言われたら、ぐうの音も出ませんが。
上記の作品に比べて、『静かな雨』は、映像、音楽、言葉のバランスが絶妙だった。何よりも、自然界の音と融け合う音楽を生み出せる、高木正勝の素晴らしさよ。
記憶を保てないヒロインと、彼女を支える主人公。苦手な設定だが、安易な結末には落とし込まず、かすかな希望が光る結末は綺麗だった。頭の中には残らずとも、生活の隅々や、身体には記憶が刻み込まれる。

シン・エヴァンゲリオン劇場版(2021)

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https://filmarks.com/movies/63130

個別に記事を書きたかったが、まとまらず。
まずは、ありがとう。そして、お疲れさま。
物語の感想よりも、シンジがエヴァ使徒も不要な世界を創り、彼らが歩み出す世界を実写で撮る。ここが素晴らしかった。本当に、終わった。エヴァ使徒も不要な世界=私たちが生きる現実の世界。つまり、観客は『エヴァ』に別れを告げられた。庵野さんは、旧劇でも観客を突き放した。今回も同様だが、あまりにも清々しい。
物語の考察は醍醐味のひとつだが、カタルシスが訪れるときには、物語の謎が削ぎ落とされる。ただ、色々な感想や、考察を読んだら、深掘りの楽しさも思い出した。『ナディア』のネタが多いとか、ウルトラマンのモチーフも多いとか。映像の技術、手法、引用、オマージュ、サンプリング。これぞ、庵野秀明の作品。最高のエンタメだった。

『あのこは貴族』の感想文

『あのこは貴族』を観た。

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https://filmarks.com/movies/91050

当初は興味が薄かったのだが、好みにハマる作品だった。
今年は、頭から邦画が豊作だ。

原作は、山内マリコ。著作は未読だが、『アズミ・ハルコは行方不明』は観てる。自傷的な楽しみ方だが、私は地方の息苦しさ、閉鎖的なコミュニティを描いた作品が好きだ。山内マリコの作品には、そこに女性の生きにくさも組み込まれる。「『あのこは貴族』では格差の分断が嫌な感じで描かれるのだろう」と思ったのだが、印象とは裏腹に優しかった。
基本的には、女性たちの物語なので、彼女たちの生き方が描かれるのだが、どこで生まれても、どこで生きてても、性別を問わずに刺さるのでは。私は男性で、アラサーで、独身だが、刺さった。異なる階層で生きてても、各々に最高な日と泣きたい日は訪れる。そして、違うところで生きてても、分かり合えるところはあるのだ。

地方の閉塞感の描写には唸らされる。帰省時に着替えるジャージ(ダサい)、地元の同窓会、車に凝る弟。既視感が溢れる。美紀(水原希子)を誘う男のルックスも最悪だった(無論、褒めてる)。地元を出ず、そこでは永遠にヒエラルキーの頂点に立つ男の自信。ばっさりと切り捨てる美紀の返事は爽快だ。
東京の閉塞感は、地方のそれとは別物で、世俗の人間よりも華やかだが、行動の範囲は狭く、限定的な世界の暮らしにも見える。それは、華子(門脇麦)の生き方には線引きが多かったからだろうか。実際、彼女の人生には自由は少なかった。
そして、美紀も華子も女性にしか背負わされない言葉をさらりと言われる。

階層の対比が絶妙で、例えば、タクシーと自転車。タクシーは、安全圏から安全圏に運ばれる。大衆的な居酒屋から飛び出して、タクシーに乗り込むシーンには笑った。対して、自転車は道端のゴミにも阻まれる。
お酒の注文もスマートな幸一郎(高良健吾)と、大声で店員さんにお酒の有無を尋ねる里英(山下リオ)。高層階から見える東京の景色と、美紀の部屋から見える、高層ビルに遮られた東京タワーも示唆的だ。
華子と美紀の階層の違いは明らかだが、彼女らと逸子(石橋静河)を交えた対話のシーンが印象的だった。凡庸な映画ならば、一触即発の修羅場に突入。張り手のひとつでも飛び出すのでは。しかし、ここのシーンでは階層の違い、生き方、それぞれの「普通」が語られる(そして、お雛様の件の素晴らしさよ。男性の脚本家には思い浮かばない会話だ)。そこに嫌味は感じられず、ドライにも見えるが、それが優しさにも思える。

話が逸れるが、明らかに階層が上層の方に「好きな食べ物はありますか」と尋ねたら、「美味しいものかしら」と即答だった。衝撃だった。言葉の重みが違う。さらに「絶対にコンビニのコーヒーは飲まない」と。しかし、仕事の合間に飲む、マウントレーニアも美味しいのだ。

上流階級の現実は知らないが、血筋と体裁が最優先で、気持ちは二の次の結婚は、私には疑問だった。美紀と幸一郎の関係性も重なり、余計に滅入った。そもそも、私には「結婚」がわかってないのだろう。さらに言うならば、「幸せ」もわからない。アホな発言だが。ただ、普遍的な苦悩にも思えた。なぜなら、誰よりも心を許せる相手でも、パートナーに選ぶとは限らないからだ。
ゆえに、華子の決断は清々しかった。終盤の華子と逸子の解放感よ。

女性を型にはめる、無意識的な男性性の圧力も描きつつ、幸一郎の苦悩にも焦点を当てるのは、絶妙な塩梅だった。言葉選びが難しいのだが、痛烈に「男性性」を描かず、男性と女性も分かり合える余韻を残す物語に思えるのだ。いわゆる「敵」と感じる人物の苦悩も見せる。昨今の潮流のひとつだ。
もちろん、序盤の男たちは酷い。美紀の地元の男、音楽の好みを「男の影響」と言い出す男、デリカシーが皆無の男。彼らの酷さには気付くのだが、女性の心に引っかかる針の大きさは、私よりも大きいのだろう。
それぞれの女性たちに「わかる、わかるよ」と思いつつも、感想を漁れば、「ああ、それは気付かなかった」と思わせられるシーンは多い。
軽率に理解を示すのもどうなのだろうとも考えるのだが、私は少しでも気付きたいのだ。

 

 

映画の備忘録(2021年2月)

2月の備忘録です。
今月は『すばらしき世界』ですね。余韻を味わってたら、2月が終わりました。しばらくは半端な作品は観られなかった。同日、スペインの不条理な作品『プラットフォーム』も観たのですが、こちらの記憶は消し飛びました。では、以下より。

ガメラ2 レギオン襲来(1996)

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https://filmarks.com/movies/14910

ガメラ 大怪獣空中決戦』に引き続いて、ドルビーシネマで鑑賞。ガメラの造形は猛々しく、甲殻類と昆虫を合わせた、レギオンのデザインも美しい。自衛隊の活躍にも痺れる。しかし、水野美紀が可愛さが印象に残った。圧勝。それでもいいのだろうか。調べたら、監督の惚れ込みが異常だったらしい。なるほど、真冬のミニスカートの理由はそれだったか。あまりにも不自然だぞ!
もちろん、本筋も面白くて、ハキリアリの生態を擬えた設定はユニークで、日本SF大賞受賞も頷ける。そして、特撮がすごい。作り物だとは思いつつも、物理的な破壊には説得力が生まれるね。CGの作り込みを超える。

ジュリエッタ(2016)

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https://filmarks.com/movies/66850

ポスターのビジュアルが秀逸。印象に残る。
「昏睡状態の女性とその伴侶」の設定はアルモドバルの好みなのだろうか。『トーク・トゥ・ハー』と同じだ。主人公は、父の行いに憤りつつも、それは自身の夫、ショアンの馴れ初めとも重なる。次々に悲劇が巻き起こり、感情は置いてけぼりだが、ゆえに、合理的な展開も望まないので、ご都合主義でも構わない。好みは分かれそう。

すばらしき世界(2021)

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https://filmarks.com/movies/87364

傑作。早計ですが、今年のベストなのでは。
個別に記事を書いたので、詳しくはこちらを。

トマホーク ガンマンvs食人族(2015)

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https://filmarks.com/movies/65213

説明は不要。タイトルに惹かれたならば。
ドンパチのシーンは終盤なので、前半はかったるいかも。私は楽しみました。西部劇には疎いのだが、しっかりと西部劇に思える。ただ、まともな西部劇は食人族とは戦わなそう。
戦闘のタッチは『ブルータル・ジャスティス』と同じで、渇いてる。適切な表現とは言えないが、屠殺の描写が最悪で、発想が酷い。酷いのだが、淡白にも見える。ひょっとしたら、バイレンスな描写のこだわりは薄いのでは。どうなんだい、S・クレイグ・ザラーよ。 

ヤクザと家族 The Family(2021)

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https://filmarks.com/movies/90932

『すばらしき世界』とも通じる、道を誤った人間の生きにくさが描かれるのだが、こちらは希望が少ない。とりわけ、現代のパートが重くて、悲しい。ただ、フィクショナルな重さにも思える。それは『ヤクザと憲法』を観てるからだろう。リアルな描写ならば、あれには敵わない。リアルに近付ければ近付けるほどに、ドキュメンタリーの凄みが勝るのかも。比較は野暮だとも思いますが、難しいですね。
序盤と中盤は、義理と人情のヤクザの世界で、エンタメだった。画面はざらつきつつも、色彩が豊か。配役も大満足で、綾野剛尾野真千子のかけ合いも愉快。個人的には、マル暴の岩松了が大好き。

ルクス・エテルナ 永遠の光(2019)

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https://filmarks.com/movies/84681

ギャスパー・ノエの最新作です。観ますか、観ませんか。
ドラッグを扱う映画が嫌いなので、不得手な監督のひとりなのだが、前作『CLIMAX』は面白かった。この辺りの好みは、自身でもわからない。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のLSD漬けの煙草と、顛末は大好き。『トレインスポッティング』はつまらなかった。
『ルクス・エテルナ』には、ドラッグは出ないが、てんかんの発作の疑似体験を味わえる。これは、ドラッグの疑似体験よりもエグい。なぜなら、実際に視覚がつらいから。要するに、ポケモンのあれです。懐かしいね。

『すばらしき世界』の感想文

『すばらしき世界』を観た。

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https://filmarks.com/movies/87364

大傑作だった、素晴らしい。無論、お薦めです。

以下、感想文です。

前作『永い言い訳』は、2016年の作品。好きな監督のひとりで、待ちに待った新作。先日、ひさしぶりに『ゆれる』を観たが、凄まじかった。あどけなさを残す真木よう子、すでに完成形の香川照之、誰も抗えない美しいオダギリジョー。徐々に知らなかった一面が浮き上がる、香川照之の怪演には驚かされる。ラストの切れ味にも言葉を失う。家族でも、友人でも、恋人でも、他者と関わるのは難しく、誰とも関わらない生き方も虚しい。面倒でも、愛おしい。すなわち、それが人生だよね。
西川美和の作品は、白と黒では割り切れない、人間のグレーな部分を描いて、心の澱を浮き上がらせる。曖昧な感情、濁りを掬い取り、「私たちの内側にもこういうものがあるよね」と見せつけるのだ。恐ろしい。

 『すばらしき世界』の三上は、西川美和の作品では珍しいタイプの人物像だった。真っ直ぐな感情の持ち主で、頭に血が上りやすく、暴力も振るう。三上は、優しい一面も併せ持つが、元殺人犯。世の中はそういう人間に寛容とは言えない。当たり前だ。隣人が元殺人犯では、私たちは眠れない。では、彼の居場所は何処だろう。刑務所の外に居場所は在るのだろうか。

法の下の平等」にヤクザは含まれるのか。
これは、東海テレビ製作のドキュメンタリー『ヤクザと憲法』のテーマだが、『すばらしき世界』の作中でも同様の事柄に触れる。もちろん、
藤井道人『ヤクザと家族 The Family』でも(奇しくも、同時期の公開)。罪を償ったならば、過ちを重ねた人間もやり直せるべきだ。そして、三上は罪を償い、堅気の生活を望み、真っ当に生きたいのだ。
私も三上に寄り添いたい。しかし、現実は厳しい。職探しも困難で、社会の視線も冷たい。そして、社会の視線は、私の視線とも言える。
自身の生活圏に三上が現れたら、本当に寄り添えるだろうか。彼を怖がり、レッテルを張らないだろうか。世の中は不寛容だが、私も不寛容の一部だ。

終盤、三上は不寛容な世界に居場所を見つける。感情を抑えて、理不尽も飲み込む。お世辞にも素晴らしいとは言えない、私たちの世界(=社会)だ。私たちの世界を『すばらしき世界』と名付けるセンスは皮肉にも思えるが、一握りのわずかな人たちでも、愛する人たちに囲まれる生活は『すばらしき世界』と言えるとも思うのだ。

 

映画の備忘録(2021年1月)

ひと月に一度くらいのペースで、お薦めの映画の記事でも書こうと思い立った。
年始とは、突発的なやる気が充ち溢れる(すでに2月だが)。Filmarksにも書いてるのだが、あれは記録なので、他人に読ませられる文章を書きたい。文章の訓練も兼ねよう。リンクは、Filmarksに統一。視聴可能なサービスの記載が便利です。各々、登録中のサービスで観ましょう。

アクエリアス(2016)

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https://filmarks.com/movies/67913

早速だが、こちらは配信が終了。再開が待たれる。
監督は、クレベール・メンドンサ・フィリオ。ポスターの情報量に驚かされた『バクラウ 地図から消えた町』の監督。『アクエリアス』と『バクラウ』は根っこが同じで、生活を脅かされる人間の反逆が描かれる。これを過剰なバイオレンスとエンタメに仕上げた作品が『バクラウ』に思える。こちらは上映中(2021年2月)。

冒頭のパーティーが印象的だった。主人公の母は、古びた家具に目が留まり、それをきっかけに若いころの情事を思い出す。パーティーは和やかだが、頭ではそれが繰り返される。そして、時代は一気に飛び、いまでは主人公の家で、家具も健在。演出の意図は不明だが、私には記憶の蓄積に感じられた。モノにも記憶は宿る。

希望の灯り(2018)

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https://filmarks.com/movies/78778

職場の人に薦められたら、大当たりだった。フィンランドの名匠、アキ・カウリスマキ希望のかなた』と混ざるが、こちらはドイツ製の映画。しかし、カウリスマキの影響が濃く、私の大好きな『過去のない男』とも重なる。朴訥な主人公、労働者階級の人間たち、淡い恋など。仕事の延長線上に生活が見える物語に惹かれる。

トーク・トゥ・ハー(2002)

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https://filmarks.com/movies/17767

監督は、ペドロ・アルモドバル。好きな監督かも。他の作品も観たい。
スペイン製の映画はヘンテコで、アクが強い。後述の『マローボーン家の掟』もスペイン製。大好きな『マジカル・ガール』もスペイン製。これらの作品は彩度が抑えられてるが、アルモドバルの作品は鮮やか。未見だが、『ボルベール〈帰郷〉』のポスターも鮮烈。

あらすじは、植物状態の女性を見守る男たちの交流とでも言おうか。生理的な嫌悪感が臨界点に達するが、ラストは切なくて、清々しい。感情の着地点もわからず、正解もわからない。以前に『私が、生きる肌』も観てるが、これも奇妙な物語だった。感情の置き場が不明。複雑な気持ちに陥りたいときに観ましょう。

ブルータル・ジャスティス(2018)

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https://filmarks.com/movies/83105

監督は、S・クレイグ・ザラー。過去の作品は未見。『トマホーク ガンマンvs食人族』が観たい。絶対に面白い。タイトルだけでも確信が持てる。
渇いたユーモア、独特な台詞回し、ツッコミの不在、斜め上に突き進む展開。物語が転がる方向が読めない。160分の長尺は人を選ぶが、必要な尺にも思える。『スノー・ロワイヤル』や『アンカット・ダイヤモンド』が好きな人はハマりそう。ゴアな描写は少なかったが、一発の衝撃がデカく、嫌な描写が目立つ。基本的には、薦めません。
物語の本筋とは無関係の人物が現れて、唐突に凄惨な状況に陥るのだが、これは昨今の潮流だろうか。『チェンソーマン』のコベニちゃんを思い出した。ハンバーガーの件ね。

マローボーン家の掟(2017)

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https://filmarks.com/movies/78133

キャストが素晴らしい。若手の俳優が揃い踏み。
ミア・ゴスに釣られた。彼女は不遇な役ばかりで、それが似合うね。前回は『ハイ・ライフ』の死刑囚だったろうか。主役は『1917』のジョージ・マッケイ。『ストレンジャー・シングス』のカメラのお兄ちゃん、チャーリー・ヒートンも出演。それぞれ、特徴的な顔立ちと翳り。似てるよね。
『クイーンズ・ギャンビット』のアニャ・テイラー・ジョイも出てるのだが、彼女の立ち位置は対照的で、翳りに差し込む光。一発で、外野の人間とわかる。余談だが、最近はアニャの出演作を観てる。

「『永遠のこどもたち』の製作スタッフが仕掛ける震撼スリラー!」の煽りには笑ったが、これは正しかった。なぜなら、切ないのだ。切ないホラーはお国柄にも思える。

手探りですが、1月分はこれくらいで。